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伊達秘鑑から黒脛巾組を考える

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伊達秘鑑から黒脛巾組を考える

黒脛巾組は、伊達政宗の諜報部隊とされている忍者の集団です。足の脛(すね)に黒の革脚絆を巻いていたことからそれを組の印として、黒脛巾組と呼ばれるようになりました。黒脛巾組のことが書いてある本はあるのか、またその本について、どんなものなのかをしらべてみました。

・書いてある文献はあるのか
・伊達秘鑑とは
・入手しました
・仙台叢書はなぜできたか
・まとめ

書いてある文献はあるのか

黒脛巾組について記述がある有名なものとして、伊達秘鑑があります。中にはこのような記述が出てきます。

政宗兼て慮リアツテ。信夫郡鳥屋ノ城主安部對馬重定ニ命シテ。偸ニナレタル者五十人ヲエラミ。扶持ヲ興へ。コレヲ黒脛巾組ト號ス。柳原戸兵衛世瀬蔵人ト云者ヲ首長トシテ。安部對馬之ヲ差引。所々方々ヘ分置キ。或ハ商人・山臥・行者等ニ身ヲマギレテ。連々入魂ノ者モ出來レハ。其便宜ヲ以テ密事ヲモ聞出シ。其時々コレヲ密通ス。依之政宗ニハ疾ク此事ヲ聞レケレトモ外に知ル人ナシ。

現代訳にすると、このような意味になります。
政宗公かねて考えあって、信夫郡鳥屋城主・安部対馬守重定に命じて、偸になれたる者五十人を選び、扶持を与え、これを黒脛巾組と号す。柳原戸兵衛、世瀬蔵人という者を首長として、安部対馬を差し引き所々方々へ分置き、あるいは商人・山伏・行者などに身をまぎれて、連々入魂の者も出来れば、その便宜をもって密事をも聞き出し、その時々これを密通す。政宗ははやくこの事を聞こえども、外に知る人なし。

この中に出てくる名前としては、伊達政宗、安部對馬重定、柳原戸兵衛、世瀬蔵人ですが、安部對馬は差し引くとあるので黒脛巾組の首長(かしら)となったのは柳原戸兵衛と世瀬蔵人で、他50人いた黒脛巾組の中のツートップだったということになります。そして、彼らは商人や山伏、行者などに変装し一般人にまぎれて秘事を聞き出し、報告したとあります。入魂というのは、とりわけ親密である者という意味のようです。

伊達秘鑑とは

書いてあるもとを見てみたいと思い、探してみることにしましたが、日本史や郷土史の調べものについては初心者のため、かなり検索して、やっと見つけることができました。明和7年(1770年)の半田道時という人が書いたもののようでした。燕々軒というのは、(号)とあるのでペンネームのようです。なんだかおいしそうなペンネーム
半田道時・国会図書館典拠データ検索

ここでどうやら仙台叢書第15巻、伊達秘鑑の上・下あるうちの上巻に書いてありそうだということがわかりました。

さらに、たどり着いたのがレファレンス共同データベース。やはり仙台叢書(せんだいそうしょと読むそうです)の中に、伊達秘鑑が入っているということのようです。

いわゆる「仙台叢書」は,仙台叢書刊行会が大正11年(1922)から15年(1926)にかけて出版したものをさすことが多いので,本回答はこれを対象にしています。

レファレンス事例詳細・仙台叢書について

とあるため、仙台叢書といえば業界では大正時代に出版されたものを指しているのだろうということがわかりました。

入手しました

さあやっと仙台叢書の中の第17巻を見れば伊達秘鑑にたどりつくことがわかりました!

ネットで購入。お世話になりました

ぼおぶら屋古書店

解題には芦立時宜・富田盈知 天明4年辰年(1784)と書かれ、"本書は仙台藩士燕々軒半田吉十郎道時の著述にして三十五巻より成りしものなるが~" と書かれていました。半田道時は仙台藩士だったようです。黒脛巾組の活躍年代は摺上原の戦の時期とすると天正17年(1589)前後ということになるので、明和7年(1770)に書かれたと考えると、だいぶ先の181年後ということになります。

3世代ぐらい離れているので、見ているリアルタイムではなく伝聞した情報を執筆したと言えます。黒脛巾組は史実ではなく創作(つまり、存在しなかった)なのではないか。という説が有力なのはこの部分のタイムラグが大きいためです。ここで、注目したいのは1770年に半田が書いたものを、わりとすぐの1784年に編纂しているところで、少し不思議です。もとはないのかと思い見てみましたが、

宮城県図書館古典籍類所蔵資料・半田道時

いずれも寫本とあり、原本は保存がないようでした。

 

仙台叢書はなぜできたか

さて、ここまでで仙台叢書については、単一の本ではなく何人かが書いた本をまとめているもので、その中に伊達秘鑑が含まれているシリーズ版であることがわかりました。仙台叢書はなぜ作られたのでしょう。

郷土史研究家によって組織された仙台叢書刊行会が、仙台に関する古書のうちから資料性が高く、未刊で流布少ないものを、厳選して大正11年(1922)から昭和13年(1938)にかけて集成したものでこれが仙台の郷土史研究を一大躍進させることになったものである。

仙台市図書館・郷土に関するレファレンス集より

厳選された書物が仙台叢書に集められ、当時は高額で入手できなかったが昭和50年(1975)に復刻版が売り出され、今あるものはこの復刻版が多いということのようです。

 

まとめ

確認できる仙台叢書は昭和50年発行の復刻版であるが、黒脛巾組の記述があった伊達秘鑑は仙台藩士によって伝聞や記録を中心に、事象の約180年後に書かれたものでした。しかし、佐藤興二郎阿刀田令造といった郷土史研究家が組織した仙台叢書刊行会によって貴重な史料と判定され、仙台叢書シリーズにおさめられているということがわかりました。よって、確かに「そのとき」「その場で」「その人が」の一次史料ではないにしろ、選別されて意識的に残された史料であって、正確性については一定の質が担保されていると考えることができるのではないでしょうか。

 

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