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読むリスト:刈田郡誌(6)

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読むリスト:刈田郡誌(6)

伊達政宗の諜報部隊とされている。足の脛(すね)に黒の革脚絆を巻いていたことからそれを組の印として、黒脛巾組と呼ばれるようになった仙台の忍者の集団を調べています。今日もまた、参考史料を調べていく回です。

・何の本の参考史料か
・刈田郡誌とは
・書いてあったこと
・まとめ

 

何の本の参考史料か

昨日と同じですが、飯田勝彦氏の著作で、仙台のあづま書房から1985年2月に出た「伊達軍団の弓取りたち」の参考史料でした。

伊達軍団の弓取りたち

阿部安定について、わかるかもしれないと思って見ていきます。

 

刈田郡誌 とは

国会図書館のデジタルコレクションでPDF化されていたので、それを確認しました。全222頁で今日は156頁から186頁(←コマ番号表示)まで。

国会図書館DC:刈田郡誌

 

書いてあったこと

今日の目次の項目は、史跡、名勝、伝説、古碑。特に忍者にぴったり関係する記述は今回もなかったが気になった部分を書きのこしておきます。

P.264 蔵王権現社、在奥羽界不忘山上、傳曰、役小角叔父願行所開也、

P.273 城の鬼門に當り修験院あり、之を千手院と云ふ。現主亘理氏の祖先なり。(略)京都聖護院宮の末山にして、同地方同派四十餘院の触頭たりしが

P.284 後冷泉天皇の御代奥羽の豪族として有名なる阿部氏當社を以て氏神として神殿を改築せることあり。戦国時代出羽領に属し、

P.288 實専大いに恐り我れ真言秘密の法を以て其恨を報ぜんと刈田獄に上り右馬允一を呪詛す。

P.295 【文殊堂】良〇上にとと北畠親房卿との関係及地名五丁目、寺小路、小路、番町、大師堂、横町、出君、的場と大聖寺後山なる平場山陣所との関係など将来研究を要す。北畠卿この地にあり、後に伊具の高倉村大山に遷り高蔵寺を修理し~

P.306 【我妻家】〇十二代、義元。元弘三年北畠家卿に仕へ阿倍野、白河〇の合戦に武功あり。

P.323 【大槻俊齋・弟龍之進】片倉家の家臣~嘉永の頃と配鷲の御方薬となり江戸御徒町に住す。弟は南蛮一儀流の砲術を修めてその〇奥を極め

==番外==

P.319 【宮城野・信夫(幼名。満千・お園)】詳しい記載があり

白石城の近くの博物館に、この「宮城野・信夫の仇討ち」の絵が展示されています。このお話は民衆文化として日本全国に浸透したとあるのですが、史実を元にした江戸時代の仇討伝です。姉は鎖鎌、妹は薙刀の達人となっていて、気になっていました。(忍者とは書かれていませんが・・)

P.323 【大槻俊齋・弟龍之進】片倉家の家臣~嘉永の頃と配鷲の御方薬となり江戸御徒町に住す。弟は南蛮一儀流の砲術を修めてその〇奥を極め

■まとめ

今回もまだ最後まで読めず、途中までしか読めていないのですが、もう少しです。なかなか読みにくい文体で遅いのですが、少しずつ進んでいこうと思います。

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