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北海道にある近世武家文書の研究報告

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北海道にある近世武家文書の研究報告

伊達政宗の諜報部隊とされている。足の脛(すね)に黒の革脚絆を巻いていたことからそれを組の印として、黒脛巾組と呼ばれるようになった仙台の忍者の集団を調べています。今日は他藩に残っている文書に関して、研究報告がないか調べた時の報告書を見ます。
・タイトル
・内容
・伊達藩とのつながり
・まとめ

タイトル

北海道内に所在する北海道外関係の近世武家文書に関する基礎的研究。科研費の基盤(C)一般の3年継続の研究報告です。29年の報告書なので、比較的新しい研究です。北海道博物館の学芸員の先生が取りまとめておられました。

内容

北海道には移住によって持ち込まれた近世武家文書がある。その所在調査と内容の特徴をまとめた研究。特徴は知行宛行状や武芸免許状など、武士としての由緒を物語る古文書が含まれており、それに特化している場合が多いこと。道外の関係地域において、存在すら知られていない場合が多く、情報発信が急務と確認した。(研究成果の概要より・編訳)

伊達藩とのつながり

〇北海道博物館所蔵の斉藤家(安斎家)文書。明治4年に旧仙台藩白石領片倉家の家臣団の団体移住した旧仙台藩陪臣の文書群。
〇伊達氏開拓記念館所蔵の亘理伊達家文書。明治3年から家臣団とともに開拓に携わった旧仙台藩亘理領主伊達家の文書群。ほか。
これらは明治時代なので、戦国とは関わりがあまりないかと思われたのですが、
なかでも、斎藤家(安斎家)文書の総点数は434点、うち慶長期の伊達政宗からの黒印状(片倉景綱と、安斎家の初代満右衛門は天正4年に君臣の契りを交わしているが、その後満右衛門は政宗から金山の管理を任されている)や知行宛行状などの近世文書は64点。
下のリンクから、その古文書の写真と解説が見られます。
北海道へ“移住”してきた“古文書”が語ること【コラムリレー第52回】
報告書では、これらは北海道の歴史を直接物語るものではないが、移住者の心情を物語っており、古文書を持参してきた移住者がその家の由緒に対する誇りを持ちながら、新天地で生活していたのではないかというふうに記載されていました。

まとめ

何かが見つかったわけではないが、「他の書類に出てこなかった」がために黒脛巾組はいなかったのではと言われているので、見つかっていない何かが別な藩に残っているかもしれないのでは? と思う。おもてだった忍者の記述はないと思うが、何かのつながりはあるかもしれない。特に伊達藩は宇和島や北海道にも歴史があるので、そういった部分もできるだけ見ていきたいと思いました。

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